国破れて議員あり

 この男は強い男だ。一読してそう感じた。挫折を乗り越えた経験を持つ人間は強い意思を持つ。彼は、その意思の力で国会議員になり、孤立する中でも戦いを続け、そして今、悲願の市長の座を手にした。しかし、多くの名古屋市有権者や全国の河村たかしのファンは、彼のことを誤解して理解しているのではないかというのが本書を読了しての感想である。実は、ずいぶん昔に立ち読みでざっと目を通したことはあったが、こんな内容であならもっと早くに精読すべきだった。


 私は記憶にある限り2度、彼と出会っている。今思えば直接話をする貴重な機会だったが、しかし私はそのとき声をかけることできなかった。なぜ、躊躇したのか、それは、メディアを通じてみていた人懐っこい姿ではなく、彼が孤独で冷徹な人を寄せ付けない人物であるような違和感を覚えたからだ。そんな私が覚えた違和感の正体は彼の著書の中に回答があった。


 例えば、本書の中で彼は自分の理想をこのようなものだと述べている「改革は混沌に等しい。理想は、混沌の中の自由」、「シュンペーター流の創造的破壊」、「国を民営化する」彼のひょうきんキャラクターとは相反するきわめて激烈な言葉が踊る。こうした言葉からは、ある意味純粋な競争原理の信奉者、自由主義者の姿が浮かぶ。


 また、荒唐無稽なことばかり言っているようにみえて意外にリアリストな物の見方をする。例えば、税金を使う主体を行政とNPOのどちらでも国民に自由に選択できるようにしようという話の中で「寄付というと何となく善意と取られやすいけど、要するに「直接、そこに税金を出していいのかどうか」」ということなんです」と税がNPOへ寄付されるシステムができた際の本質をつく意見を述べている。


 名古屋革手錠事件への対応やあとがきでの八戸市民との対話のエピソードでは情に厚い性格があらわれているようにもみえる。 どうやら彼は、思われているほど単純な人間ではなく複雑で屈折した人格の持ち主なのではないか。もちろん人間の人格は元々多面的で複層的な構造であり、表層に見えているものが真実の全てとは限らない。そうであるのなら、所詮、私たちは河村たかしという男の真実の断片しかみることはできず、すべてを理解できるということはない。


 だが、唯一つ明らかなことがある。彼の掲げる政策の一貫性だ。河村の政策の柱は、よく知られているように市民税の減税と市内分権とでもいうべき中学校区単位のボランティア議会の創設だがそれらについて約5年前に出版された本書ですでに何度も言及されている。具体的には、減税の財源には議員定数・報酬の削減、特権の廃止、公務員給与の削減、行政コストの無駄の徹底的なカットなどで浮いた資金をあてるとしており、また、さらにこの財源からボランティア議会に地域づくりのための資金を下ろすとしている。彼の目指すところは、細かい数字こそ変わっているこの時点で完成しており、その後に書かれた2冊の著作(多少、国政の話題や系列の地方議員との対談が入るだけで内容はほとんど本書と変わらない)

や2009年市長選のマニフェストまで一貫している。


 本書の最終章は、「革命に身を投じる五十五歳の決断だぎゃあ」という言葉で閉められており、明らかに2005年4月の市長選を意識して執筆されている。この時は皮肉にも出馬は実現することはなかったが、そのため本書の多くが名古屋市政に関連する記述で占められている。自身の議員立法の実績等、国会での活動にもふれられてはいるが、付属的な書き方をしている。また、外交や安保についても言及しているが、彼のスタンスはキャラクターから受けるユーモラスな印象とは相反し、どちらかといえば右よりである(彼のルーツが民社党にあることからするとこれは理解できないことではない)。また、小沢一郎について、必ずしも近い関係(自自連立成立時に自由党を離党している)ではなかったが、やる気をかってくれる姿勢に対して好意的な印象をもったと述べていることは興味深かかった。


 彼は2度市長への挑戦から逃げた。しかし、3度目にはじめて挑戦をし、市長という現実を動かしうる地位を得た。今はもう逃げることなど考えもしないだろう。実現性が疑問視されている政策についても、昨日、今日に思いついたことではないから簡単に曲げることはしないだろうし「現実」という言葉を使って妥協することもないおそらくない。少なくとも根本的な部分での妥協は絶対にしない。しかし、もし、そうした姿勢を貫き通せば、議会だけでなく行政部内からの抵抗はおこるだろう。下手をすると革命をおこすつもりが逆の革命が起きてしまうのではと要らぬ心配をしてしまう。


 名古屋市民は恐ろしい男を市長に選んでしまったのかもしれない。この男は、これまでの改革派といわれた首長の誰とも違う。そんな気がしている。

国破れて議員あり

国破れて議員あり


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