- 何百回とイベントを企画してきた。数えたことがないが、1000回を越えているかもしれない。学習会、セミナー、交流会、研修、懇親会など。企画の名前はその時々で様々だが、同じ内容にものを企画することは少なく、毎回一から内容を練り上げている。
- 企画するたびにもう新しいアイデアは出ないと思うが、現場に行くと次の企画のアイデアが生まれることが多い。今回もいくつかアイデアの芽を得ることができた。形にするのはエネルギーがいるが、なんとかまとめていきたい。
- いつまでこういうことができるのか。周囲を見ていると元気な人は70代ぐらいまで動いているが、自分はそんな年まで活動するのは無理だと思う。内発的動機づけで活動していて、エネルギーは有限と感じる。
- そう考えると自分に残された時間は、そう長くない。何に人生の時間を使っていくのか、きちんと考えないといけない時期が来ている。
何を食べるか悩んだ末に
- 夕食を取りにうどん屋に立ち寄って何を食べるか悩んだ末に、カレーうどんを注文した。昼にカレーを食べたのを忘れていた。どちらも美味かったので、問題はない。
- 最近、外食先に悩むことが増えた。立ち回り先に手ごろな定食屋がない。ある程度メニューにバラエティがある昔ながらのうどん定食屋がどんどん無くなっている。
- 混んだ店に入るのを億劫に感じる日が多くなった。3食外食という日も少なくない。昼は、弁当でもいいのだが、休憩にならない。可能な限り食事は外に出て体を休めたい。そのためには適度に空いていて、多少ゆっくりできる店があるとありがたい。
- 夜もまた年と共に難しくなってきた。酒は好きだが、弱いので毎晩飲み屋に立ち寄る元気はない。1人で飲むと、ビール一杯、もう一杯サワーを頼んで残す日が多い。飲み切る力がなくなってきた。若い頃は、毎日ラーメンでもよいぐらいだったが、今はそんな元気はない。年を重ねるということはこういうことだったんだなと思わされる日々が続く。
私が庵野秀明について考えたこと
先輩が、私が好き放題、庵野秀明について話した内容を上手にまとめてくれました。
雨雲レーダーを見ていると落ち着く
- 雨雲レーダーを見ていると落ち着くことに気づいた。時間とともに雨雲が流れていくのを見ているだけ。ボーっとする時間は大事だなと思う。
- 最近は勤勉になり過ぎたし、だらだらと何もせずに過ごすという事が本当に少なくなってきていて自分でも驚く。こういう勤勉さがいつまで続くのだろうかと自分でも思う。今だけのことなんだろうが。
- カルボナーラのレシピと起源に関わる議論が面白い。意外と料理によっては起源はあいまいだったり、捏造や誤解が生まれていたりということが、よく知られた料理についてもある。外野はあまり深刻に捉えずに色んな解釈を楽しむぐらいの方がよい気がする。結局の所、自分にとって美味い飯であることが大事で、正当性に関わる議論は、それほど重要ではないと思う。
気が付けば1か月経っていた
- 気が付けば前回の投稿から一月以上が経っていた。
- 7月は、寸暇を惜しんで仕事に打ち込んだと思う。まったく勤勉な人間ではなかったのだが、年々、仕事に対する集中力が上がって来たのがわかる。モチベーションを阻害する要因が減ったことが影響している気がする。
- いつまでこういう状態を継続することができるのか、自分ではよくわからない。ある日急に終わりが来る気もする。
- 来週末、お盆の土日は、珍しく仕事の予定が入っていない。さすがに打合せなどの予定が入らなかった。ここで休んでおこうと思う。
- 映画やドラマ、アニメなどを観たいと思うのだけど、その方面の集中力は低下している。見始めればなんとなく見るのだろうけど、そのきっかけをつかむことがなかなかできない。
ふりかえりということに拘らなくてよいことに気づく
- 一日をふりかえるという形式ならblogが書けるかと思い、今日のふりかえりというタグを付けて時々投稿してきた。ただ、この形式にあまりこだわらなくとも書ける気がする。
- 休日だが、いつもと変わらない時間に起きて、すぐに仕事を始めた。あっという間に昼になった。明日は終日仕事ということを考えると少しは休んでおいた方がよいのだろうが、ちょっとした週明けの段取りが気になって色々と進めてしまった。
- 日程調整、新しいツールを導入してやろうかと思ったが、止める。アカウント連携を想定して進めないと難しい。個人アカウントにスケジュールを集約していることの良し悪しが出て来た。どうしたものかな。この辺り、改善の余地があきらかにある。
- AIが活用できるようになったことで、文章をまとめる速度は飛躍的にあがったが、その割に時間ができているかと言うとそうでもない。どう考えたらよいのか。こなしている仕事の量が、週40時間とかそうしたレベルではとても収まらないので、多少の業務改善では何ともならないのかもしれない。
- 何もしないという事が自分は得意だったが、最近はできなくなってきた。この年で勤勉になったのが信じられないが。