風邪を引いた

昨日から体がだるく感じていたが、大したことはないだろうと思い仕事に出かけた。夜になって発熱し、なんとか会議は乗り切ったものの力尽きて家まで這うように帰ってきた。

バファリンを飲んで熱は下がったもののだるさが消えない。しんどい中、足が重たかったが、朝のうちに病院へ。馴染みの医者だが、安定した高速診療。本当に見ているのかと思うレベルなのだが、薬の処方は完璧だったようだ。抗生物質は効くな。一気に体が楽になって普通に仕事ができるまでに回復した。少し違和感はあるので、もう少し休むことにする。

記憶違い

以前読んだことがある小説を誤って買ってしまった。数十ページほど読み進めて、何となく知っている話だと気づいた。ちょっともったいなかったな。たぶん文庫と単行本を混同したんだな。こういう日もある。

 

藤田和日郎節だなあ

藤田和日郎の連載『シルバーマウンテン』を読んだ。安定の藤田節でオールドファンの心には刺さるのだが、今のサンデーの読者層にウケているのだろうか。龍や天狗の造作やキャラクターなど全体的に童話的というかおとぎ話感が強い印象を受ける。一方で魔術のマニアックな描き方は、藤田和日郎にしか描けない世界観を感じる。個人的には、伝奇色が強かった『双亡亭壊すべし』の方が好みだが、今後の展開がまったく読めず気になる作品ではある。

 

津市議会議員選挙、原点を振り返り、決意を新たにした夜

選挙戦が中盤に差し掛かり今さら議論をしている場合ではないのは十分理解しているのに自分たちの原点をふりかえざるをえなかった。そんな夜でした。合理的に考えると疲労回復のために休養を取るべきでしたが、それでも前に進むために必要な時間だったと感じています。

何十回と選挙を経験して、やらなければならないことがなんなのかを理解できる程度には、お互いに選挙をわかっていると思う。それでも、選挙戦の中であらためて現実の理不尽さを感じ、それを受け止めなければいけない時がある。乗り越えなければいけない。そんなことを話しながら互いに言葉が熱くなる。気がつけばあっという間に時間が経っていました。

今回の津市議会議員選挙に臨む前、私には迷いがありました。いわわき圭一君をこれまでのように支えるのが本当によいことなのだろうか。自分では力が足りないのではないか。これまでの自分の支えかたは不十分で間違っていなかったのだろうか。そんな思いがどうしても消えませんでした。

17年前にいわわき君が名古屋まで足を運んでくれて名古屋駅前の居酒屋で津市議選への立候補について相談してくれた時のことを今でも鮮やかに思い出すことができます。互いの政治への思いを語り合い、私自身失いかけていた政治への志に再び火がついたことが強く記憶に残っています。

市民の意思が活かされる地域や議会を実現したい。一緒に津を変えていきたいと語り合ううちにあっという間に時間が過ぎていきました。二度とない黄金のような得難い時間を共有したと思います。

今、歯がゆい思いを感じています。いわわき君は、もっと上手に自分の実績を語ってよいのに。こんなに人のために動いているのになぜそれをストレートに誇れないのか。不器用すぎる。そんな思いが溢れて止まりません。いや、私自身、長い付き合いなのにいわわき君が津市のために尽くして来たことの内実を理解できていなかったと思います。

彼と語り合ううちに本当に人のためになる政治は、その時々で市民受けのよいそれっぽいことを述べることではないと再認識しました。例えば、政治家が地域の課題の解決に努めて、実際に解決を実現したとして、その事実を政治家が自分の実績として誇ることが当事者の心を傷つけることや政策形成を阻害することがつながることがある。

いわわき君の日常の市政についての情報発信は十分でないところがあるかもしれませんが、そのことには理由がある。彼はこうした問題が起こりうることへの感受性、想像力が私が考えていたよりも強すぎる政治家だということが選挙戦を通じて理解できました。損な性分、考え方と思います。

自分がいわわき君の初出馬の際の落選を教訓に二度とこんな思いはしたくないと選挙の技術を様々な現場で学び続け磨いて彼の選挙に活かしてきたことは間違いではなかったとは考えていますが、それだけではいけなかったということに今さらながら気づかされました。

私は、彼の特性を理解した上で支えることができていなかったのだと思います。選挙戦はあと数日です。これまで以上に力を尽くして、いわわき君が市民の皆さんに志と政策を訴えることを支えていこうと決意しました。

いわわき君、しっかり対話をできたと思っているけど君の考えの根幹にあること、信念を正確に理解できていなかったら申し訳ない。そうだとしても選挙戦の最後まで君の活動を共に支える仲間と一緒に持てる力をすべて出し尽くして戦い抜くことをあらためて誓います。消し炭になるまで心を燃やして活動し、必ず勝利を掴んで津市議会で市民のために尽くす活動をこれからも続けていこう。

私とご縁を結んでいただいている皆さん、津市の有権者の方は、ぜひ、いわわき圭一君に一票を投票してください。有権者でない方は、何卒ご支援の輪を広げていただきますよう心からお願いいたします。

 

日本初の女性総理大臣の誕生に際して

清水唯一朗(慶應義塾大学総合政策学部教授)の論文「「日本初の女性議員三九名はどこへ行ったのか―大量当選、大量落選の構造分析」『法学研究』97巻1号(2024年)を読みました。
戦後最初の衆議院議員選挙で当選した女性国会議員三九名について分析した論文です。彼女たちに対する同時代の評価がかなり厳しいものであったことが紹介されており、再選が極めて困難な状況に置かれていたことがわかります。
今日、日本初の女性総理大臣が誕生するまでには、長い道のりが必要になりました。ここまで至るのに多くの先人の大変なご苦労と努力があったことを再認識し、忘れてはならないと思いました。

政治家の成長を感じる時

10数年間、政治家たちと活動して来て明らかに差が生まれてくることを感じています。
僭越ですが、成長の度合いが異なると捉えています。コツコツと積み重ねてきた政治家は必ず花開く時が来る。
難しいことに取り組まないといけないわけではなく、地域を歩き、自らの考えをきちんとまとめ発信し対話を続けること。コミュケーションから逃げないこと。学び続けること。そして、政治を諦めないこと。
他にもある気はしますが、10年以上こうしたことを継続するのは簡単なことではないと思います。難しくはないが困難なことだと考えます。
私は少し離れた距離から彼らを普段は見ているので、間違った理解をしているかもしれませんが、離れているからこそ見えてくるものがあると再認識させられた夜でした。

「ふるさと」という政治を支える基盤

かつての日本社会における「保守」、自民党を支えてきた社会をとてもわかりやすく説明されていると思います。
もう少し踏み込むと自民党に限らず昭和・平成の政治の基盤は、ここで紹介されているような景色の中にあったと、同じような景色の中に多少身を置いたことがある人間として経験的に理解でき、違和感はありません。
加藤紘一さんたちが、ふるさと対話集会で様々な人々と対話を試みた時代から四半世紀近くの時が経ちました。「対話」が持つ意味は変わらないと思いますが、「ふるさと」が持つ意味は変わったのではないかと思います。
「ふるさと」という共通の基盤を持つことが難しくなった時代。ふるさとを持たない人たちが数多くなる中で、保守のあり方は変化したと考えています。
そうした変化を捉えながら、これから「自民党」や「保守」がどのような姿を目指すのか、そのとき「対話」は意味を持つことになるのか、そんなことが気になっています。