ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書) 2009年04月09日 18:59

 ペレストロイカ後の10数年にもわたる社会的混乱(アナーキーな状態)の果てにロシア国民が選んだのは新自由主義による市場主義でも共産主義への回帰でもなく、ツァーリ(皇帝)による統治だった。全盛期のロシア帝国あるいはソビエト連邦のように強いロシアの復活をロシア人は望んだ。皮肉なことにそれを実現したのは、欧米から輸入した民主主義によって選ばれたプーチンによる軍を背景とした独裁、権威的な支配だった。


 石油等の天然資源を背景に手にした資金を軍事予算につぎ込み、エリツィン時代の約5倍にまで増大させチェチェン紛争でその弱体化ぶり世界に晒した軍の再建を実現した。この軍事優先路線を金融危機で全世界の経済が疲弊している現在でも、プーチンは堅持し崩していない。軍需産業が石油と並ぶ強力な輸出産業となり外貨獲得、ロシアの経済成長の鍵になっていることが背景にあることは間違いないが、それ以外にも理由があるのではないか。


 こうした軍至上主義の姿勢の背景には、国家を支える支柱とは、国家のために命を捨てることを厭わない軍、兵士のみにあると考える思想があるのではないかとさえ感じる。ロシアによるグルジア侵攻時に国民が熱狂的にプーチンと軍を支持した姿は記憶に新しい。国のために身をささげることが尊いこととして当然のように称えられている。軍人であることが名誉となった。軍が権威を持ち愛国心の象徴となりそれがツァーリ(皇帝)の地位をより強いものとする。プーチンが作り上げたツァーリ(皇帝)による国家統治のシステムはプーチン後のロシアでも機能するかにみえる。


 しかし、その社会の現実を支える人々の生活には賄賂が横行し、暴力による恫喝、不正選挙、入札妨害、ありとあらゆる不正が蔓延していることが、本書では市井の個人の実生活をいくつも紹介する形で克明に記される。だが、こうした不条理、不公正が現実に社会にあるにもかかわらずそうした声は愛国心の渦の中にまぎれてかき消されてしまい、広く伝わることはないようだ。


 ツァーリ(皇帝)が牽引するロシアはこのままの形で続いていくのか、どこにいくのか、その方向は、まだみえない。だが、この国の行方は、隣国である日本にも大きな影響を与えることだけは間違いない。ロシア社会の現実を少しでも知りたいと考える人にはお薦めしたい一冊だ。

ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書)

ロシアはどこに行くのか─タンデム型デモクラシーの限界 (講談社現代新書)