私の履歴書 森喜朗回顧録を読んで

昨晩、なかなか寝付けなかったので気晴らしに読んだ。一読して変わらずサービス精神が旺盛な方だなと感じた。インタビュアーや読者が面白がるエピソードを交えるのが上手い。

総理としての森氏は、決して高い評価を得たとはいえない。私は、若い頃に清和会系の政治家が森氏のことをモリキロウはただの馬鹿だと言っているのを聞いたことがあるが(別に私は森氏の支持者ではないが聞いていてあまり気分がいいものではなかった)、総理としての評価はともかく、政治家としては幅のある面白い人物だと思った。僭越だが床屋政談をしながら酒を飲んでみたいと感じた。

イデオロギーに拘泥せずさまざまな立場の人と付き合いながら政治生活を過したことが記されている。ただし、よく読むとこの人物とは距離があったのだなということがわかるような書き方をしている。あるいは意図的にあまり触れていない人物もいると感じた。しかし、人間的な好き嫌いは腹に飲み込んで政治的な取引ができる。そういう意味では政治家らしい政治家だったのだと思う。

印象に残った点として、福田赳夫氏については尊敬していたが、安倍晋太郎氏は兄貴分で尊敬しているとはっきりとは言い切れないとの記述がある。この点は非常に興味深い。確か小沢一郎氏も田中角栄氏についてはオヤジとして敬意を持っていたが、竹下氏や金丸氏については兄貴分のように感じていたと証言していたと記憶している。三角大福中のころまでは、派閥の領袖は、絶対的なボスだったが、安竹宮の頃になるとそうでもなくなりつつあったのではないかということが感じ取れる。

小選挙区制と政党助成金の導入で派閥の領袖の形骸化はさらに進む。その中でも森氏は比較的派閥の領袖としての権威を維持した人物だと思うが、それも限界が来る中で現役を引退する姿が描写されている。

2,000年代の政治の動きについてもかなりページを割いて記述がなされており、貴重な証言だと思う。以前、朝日新聞から出版された証言90年代の後日談としても読め、いくつも気になる記述があった。

小泉政権ができる際に亀井氏が総裁選から降りて小泉氏を支援した見返りに党三役(政調会長)に江藤・亀井派から平沼赳夫氏を起用するつもりだったが、平沼氏が亀井氏に許可をとって欲しいと言い、小泉氏が亀井氏に連絡をしたところ、亀井氏は江藤氏に許可をとって欲しいと言ったため、小泉氏が頭にきて江藤・亀井派からの党3役起用を辞め、麻生氏を政調会長に起用したというエピソードは、この証言が事実だとすると政治史の転換点になったのではないかと思う。

森氏は、このことが亀井氏たちを党外に追いやる結果になってしまったと悔いているが、もし、この人事が成立していたら郵政選挙はなく、ひょっとしたら小泉政権は長く続かず民主党政権がもっと早くに成立していたのではないかとさえ思う。

55年体制を象徴する一人の政治家の記録として貴重な一冊と感じた。