NPO法制定の意義に学び、NPOの今日的社会価値を創造するセミナー開催にあたって

自分は間違っていたのではないかとここ数年考えることが多くなりました。若い頃は、NPOも企業や行政のようにならなければいけないと考えていました。どこか未成熟な存在としてNPOを捉えていたのだと思います。

しかし、本当にそうなのか、NPOにしか作ることができない価値、NPO固有の社会の中での存在意義があるのではないか。自分自身が、政治、行政、さまざまな領域で経験を重ねる中でそう思うようになりました。

例えば、先日、NPO関係の方たちと会議をしていた時にこんなことがありました。私から見るとその方たちは、古くから活動をされてきた業界の大先輩にあたるので、分を弁えた発言をすべきと考えていました。

正確な表現は忘れてしまったのですが、そのように考えていますという事を私が言ったところ、それは青木さん違うんじゃないかな、NPOってそういうものじゃないでしょうと返されました。

個人が、あらゆる社会的属性から離れて、社会課題に対する問題意識を持って集まりネットワークを組んで活動する。だから、自分たちの世代は、例えば、その人が普段、権威のある学者であってもNPOの活動の場では先生と呼んだりはしなかった。皆、○○さんと呼びあうし、遠慮なく意見も言い合う、役職を作ることで上下関係を作ることにも慎重だったよと。

お話を聞いて、そういえば、私がNPOに関わり始めた頃は、失礼ながら、こういうことに拘る人たちがいたということを思い出しました。その頃は、めんどくさい人たちだなとしか思わなかったのですが、あらためて考えてみると、意味のあるこだわりだったのかもしれないと考えるようになりました。

あるいは、さまざまな失敗を重ねて自分の人生を諦めていた人が、NPOに関わることでワンス・アゲインの機会を得て、生きる意味を持つことで人生を再生する。そうやって活躍している同年代の仲間を多く見てきました。

また、場を得た人が、その場で積み重ねた経験を活かして、新たに場をつくり、過去の自分と同じような立場にある人たちをサポートしていく。そんな循環が生まれるいくつかの瞬間に立ち会ってきました。そういう時を共有できることは、NPOに関わっていて本当によかったと思うことです。

ひょっとしたら、今、私が書いたことは、NPOでなくても実現できることなのかもしれません。しかし、NPOはこういった価値に拘って活動できる場であることは、確かだと思っています。

今年度、私が代表を務める東大手の会では、NPOが体現する社会的価値を皆さんと一緒に考える機会として「NPO法制定の意義に学び、NPOの今日的社会価値を創造するセミナー」を開催します。

その第1回目として、関西大学法学部教授の坂本治也さんを講師にお迎えして、7/6(木)に「NPOの社会的価値を考える〜市民社会論の視点から〜」を催します。ぜひ、お集まりいただき意見交換できればと思います。よろしくお願いいたします。