戸別訪問とは家を一軒ずつ訪ねて回って投票を依頼したり、候補者の氏名を宣伝することをいいます。有権者と直接コミュニケーションをとって候補者の政策や人柄について理解を深めていただくことができるという意味では極めて有効な選挙戦術といえます。しかし、戸別訪問をおこなうことは公職選挙法によって禁止されています。
禁止されている理由としては色々なことがいわれますが、私が以前、元議員さんから選挙運動についてレクチャーを受けた際に話に出て印象に残っている理由を一つ紹介します。日本社会には、贈答文化が深く根ざしていて人の家を訪問する際には何か物を持っていくことが一般的であること。特に頼みごとをする時は必ず贈り物をするのが常識となっているから、戸別訪問をおこなうと買収がおこる可能性が極めて高い、それゆえに戸別訪問は禁止されている。こんなお話だったと記憶しています。
確かに私邸を訪問してお話しするわけですからある種の密室でのやり取りになることは事実です。不正行為をまねく可能性があることは理解できるのですが、メリットとデメリットを測りにかけて戸別訪問を禁止していることにどこまで合理性があるのか、個人的には釈然としないものを感じています。青臭いことをいうなら民主主義の下での政治家とは、一人ひとりの市民としっかりとコミュニケーションをとってその思いを受け止めることがスタートとなるべきです。そのための有効な手段を規制するのはどうも納得がいきません。あまりしっかり事例を研究していないのですが、先進国で戸別訪問を禁止しているのは日本だけという話もよく聞きます。
私自身や私が関わった選対では法令順守でもちろんいっさい戸別訪問はおこなったことはありません。しかし、選挙期間中、戸別訪問をある候補者はおこなっているという噂が流れたり、あちらがやっているからこちらもやり返せ（それぐらいやらないと勝てない）というような話が出たり、あるいは連続（７軒連続とか５軒連続とかいわれる場合もあります）で訪問しなければ戸別訪問にはならない（たまたまその人がつかまらなかったというだけで、もちろん法的な根拠はありません）からどんどんやっていいよというような神話を聞かされたり、私は何軒も訪問したが特に問題にならなかったというような、やったもの勝ち（警察に捕まらなければという留保はつきますが）とでも言わんばかりの話が飛び交うことはよくありました。どうもそういう選挙のやり方を伝統的に受け入れている地域（例えば、○○県ではいいみたいだよというような話）もあるようで、そうした事実が多くの人を混乱させている理由なのかなとも思います。いずれにせよ選挙に関わるだびにこういう会話がなされる（なされざるをえない）のは、個人的には大変不健全なことだなとずっと感じていました。
現行の公選法では選挙運動としてできることが極めて少ないため、支援者のフラストレーションが限界まで高まってしまい、ついつい知らないうちに自分の常識で活動してしまい気づかないうちに規制を踏み越えて活動してしまっているということも多いと思います。もちろんだからといって選挙違反をしていいということではないのですが。
戸別訪問については、もう少しきちんと調べた上で、また、項をあらためて何度か詳しく書いていきたいと思います。しかし、正直なところ、もう買収、恐喝、妨害行為、誹謗中傷は禁止、後は、選挙に使っていいお金の制限額を決めて他の活動は原則自由にしてしまえばシンプルでいいのに何でこんなに規制だらけにしているのか、本当に理解に苦しみます。先日、政治活動と選挙活動について書いた際にも少しぼやいていましましたが、選挙運動の規制を複雑にすればするほど、選挙運動の技術の密教化、秘術化が進み、ますます選挙や政治が一般の市民の感覚から遠くなっていく、それで得をするのは誰なのか？選挙のやり方を自由にして短期的に損をするのは公選法のマニュアル本を出している出版社さんぐらいじゃないですかね（笑）それだって、今度は効果的な選挙技法、戦術等について解説する本をたくさん出せるから反ってマーケットが広がる気がするけどなあ・・・・
複雑な制度を作れば作るほど悪い意味でプロ的な人々だけが生き残り、新規に志がある人が参入しにくい環境が生まれる気がしてなりません。良貨が悪貨を自然に駆逐する状態が生じるように促す制度設計ができないか、そんなことを夢想しています。選挙運動を自由にするだけでそうした状況ができると考えるほど能天気ではないですが、色んなやり方が試せるようになって、候補者の間に今までと違った切磋琢磨が生まれればもう少し政治が身近なものになるのではないか、実態が白日の下にさらされてさえいれば、より志のある人々がそれを変えようとするのではないか。
今日はちょっと理想化肌の文章にめずらしくなってしまいました。３６５日で一日くらいはこういう日もあっていいかな・・・
