論戦力 (祥伝社新書157) (祥伝社新書 157) 2009年04月21日 23:20

 本書は、引退した政治家が、自らが挑んだものも含め国会で見聞した30年余りの国会論戦についての豊富な経験や記憶を出し惜しみせずに書き記した貴重な本である。筆者は、「論戦力」、政治家にとってもっとも重要な意味を持つ‘言葉の力’について常に真摯に悩み、考え抜いて国会質問をはじめてする論戦の場に臨んできたことが伝わってくる内容だった。購入後、2時間ほどで一気に読破し、まず、そう感じた。こうした本をもっと現役の政治家が書くべきだ。


 読みながら気になる点をメモしていったところA4のコピー用紙がすぐに文字で一杯になってしまった。正直なところ書きたいことが多すぎて整理し切れていないが、この瞬間の思いをどうしても熱い内に残しておきたいのでレビューに書き込んでいる。


 これまで政治家が出版する本は、一部の例外を除いて党の政策ビラのコピーアンドペーストと公共事業の誘致実績や著名人との交友の自慢話、埒もない対談、履歴紹介をまとめた程度のものが多数をしめていた。読むに足る本は、正直それほど多くないと感じていた。せめて政治を志した、しっかりとした理由だけでも自分の言葉で書いてくれなければ読む価値すらない。そうした政治家本を出版している政治家にはおそらく「論戦力」と呼べるような言葉の力はまちがいなくないだろう。


 国会論戦については、朝日新聞の記者、若宮啓文が書いた「 (1994)『忘れられない国会論戦―再軍備から公害問題まで』 (中公新書) 中央公論社 」という他にあまり例がない非常に面白い文献があるが、これはあくまで新聞記者という第3者が重要であるととらえた論戦を紹介したもので、政治家が国会質問をどのように作り上げていくのか、どういった点を大事にしているのかということにまでは踏み込んではいなかった。当事者でないのだからこれは仕方がないことなのだが、少し、その点には読後不満を感じたことを記憶している。しかし、本書は、そうした私の積年の不満を解消してくれた。


 本書では政治家の論戦力について、特に議会での論戦について取り上げて論じていく。筆者は言う、国会での論戦とは、単純化すれば口喧嘩であると。ただしそれは、個人の利害のためのものではなく、公益を担っての喧嘩である。当然、自らの信じるところを述べ主張を通すためには、単に強気で喧嘩を売ればいいというものではなくさまざまな工夫がいる。その方法論についても本書では詳しく紹介されているが、はじめに筆者が強調しているのは姿勢である。曰く、本気かどうかが問われる。主張が本気でなければならない。核心を突かなければならない、そのためには勇気と決断力が不可欠である。本書の最後の章ではこれらを総合して胆力という言葉で言い表している。ただし、胆力でだけではいけない質問の仕方についての技術を磨くことが必要となってくる。


 質問の技術とは、何もうまくしゃべれということではない。準備も含めた質問の方法論のことである。文字数に限りがあるのでここでは詳しくすべてにふれることができないがその一部を紹介すると、「1番自分が強いところで勝負する」、「引き際が大事」、「大演説はダメ」、「寸止めの極意。追求する相手の立場を慮ることが必要」、こうした質問の技術と姿勢がうまくかみあうと面白い論戦が生まれる。面白い論戦は、質問者と答弁者の議論がうまくかみ合って展開していく論戦のことで、こういう論戦をすれば、主義主張を超えて与野党を問わず高い評価を得ることができるという。


 本書では、筆者が直接国会等で質問や論戦に挑んだ、首相たちの答弁からみえた一般に流布されたイメージとは違った歴代首相の政治家像も描かれている。例えば、小渕首相は、イメージと違い答弁は的確であり反撃もうまかった。また、答弁で約束したことを実行する決断も早かった。森首相は、懇切丁寧な答弁で野党に対して常に理解を求める答え方をしていた。そしてめったなことでは怒らなかった。小泉首相は、世間一般に流布しているが建前に支配されている政治家の世界では使われることのない常識論(自衛隊は軍隊である発言が典型)を答弁として使うので最も手ごわい相手だった。また、時には与党の議員への答弁でも野党に対するように戦っていた。麻生首相政調会長の時代にNHKの日曜討論で高圧的な姿勢をとってきたので徹底的に反撃しやり込めたところ、次回から低姿勢になった。意外に根性がないことがわかったなど。こうした興味を引かれる人物像が論戦の場からは浮かび上がってくることがわかる。野党党首についても筆者は興味深い論評をしているが、文字制限を越えるのでここで筆を置く事とする。


 結局は政治家を言葉で勝負するしかない職業だ。その意味で最も重要な論戦する言葉の力について論じている本書を政治家を志す方に、必読の書としてお薦めしたい。

論戦力 (祥伝社新書157)

論戦力 (祥伝社新書157)