石川真澄さんの『戦後政治史』(岩波新書)を高校生の時に読まなければ、私が今ほど戦後政治や政治家に関心を持つことはなかっただろう。手垢がつき変色し擦り切れるまで読んだ本だった。大げさではなくその後の人生を変えたと言っていい。政治的には石川さんとは少し違う考え方を持つようになった今も石川さんの著作に対する愛着は変わっていない。
さて、そんな石川さんの『戦後政治史』に次ぐ新刊(実際には本書の前に『日本政治のしくみ』が岩波ジュニア新書として出版されていた)ということで当時大学生だった私は、出版後すぐに大学の書店で購入したことを覚えている。本書をそういうジャンルで括って紹介していいかどうか判断に迷うけれども、私が政治家の人物評伝が好きになったのは、間違いなくこの本との出会いがあったからだ。ところが、石川さんほどの書き手はなかなかおらず、最近出版されたもので、本書を読んだときのような感激を覚えることは少ない。
なぜだろうと考えるとまず一つの理由は文章にあったと思う。石川さんは、わかりやすく簡潔で魅力的な文章を書く方だった。高校生時代の私が読んで戦後の政治史を何度も繰り返して読もうと思わせたというのは、その事実だけで相当な筆力であったといっていいのではと思う。私が、オヤジ達の床屋政談を聞くのが好きで新聞の政治記事は細大漏らさず読む特殊な若者だったということもあるので少し割り引く必要はあるかもしれないが、ともかく名文だったと私は思っている。
もう一つは、政治家と記者の距離が石川さんの世代の頃と今ではずいぶん違ってきていることが影響しているのだろう。この点については記者クラブ制度と関連して最近はずいぶん批判の対象となっているが、97年の当時でも派閥記者といった表現で特定の政治家に肩入れするような記事を紙面に書いたり、特定の派閥に肩入れし他派閥の情報を政治家に流したりする記者を批判する論調はすでにあったと記憶している。私は石川さんがいわゆる派閥記者であったとは考えないし、ご本人も幾度か著作の中でそうした行為を批判的に取り上げられていたと思う。
ともかく、悪い面があることは、もちろんだが、55年体制下において記者が政治家と濃密な人間関係を築くなかで取材を進めて来た事は事実だろう。それ故に人物を書いた場合一定深みが出ていたのかもしれない。現在は政治家も記者も濃密な人間関係を作る中で取材をおこなうということがなくなりつつあり、発信される情報もどうしても政治家の人間性を追うという点では薄いものになっているということだろう。
もちろん新聞記者(あるいは政治記者)の使命は政治家の評伝的な著作をものにするということにあるのではないだろうからそれはそれでよいのだろう。
最近、時事通信の田崎史郎さんが出版された『政治家失格』文藝春秋(文春新書)2009年を読んだが、そうした取材方法で記事をつくってきた世代はどうも田崎さんの世代の前後ぐらいまでなのかもしれない。マスコミ人でない私にはその辺りの本当のところはわからないが。
さて、石川さんの筆力は『人物戦後政治』の中で取り上げた政治家たちの一つ一つのエピソードを書く際にも冴え渡っている。本書で取り上げられた政治家は、池田勇人、大平正芳、宮沢喜一、佐藤栄作、川島正次郎、河野一郎、三木武夫、田中角栄、竹下登、佐々木更三、江田三郎、河上丈太郎、成田知巳ら21人。文字制限の関係で一つ一つのエピソードはあまり紹介できないが、晩年の西尾末広が民社党内の若手から腫れ物扱いされていたという話や江田三郎と菅直人の出会いに関する話など興味深いエピソードが多数紹介されている。
これら有名政治家の列の中に羽生三七(社会党)という、今では古株の政治評論家や研究者でないとおそらく知らない政治家が取り上げられている。40年代から70年代まで参議院議員を務め、特に外交問題について社会党ならどのように対応するのかということを考えた説得力ある質問を重ね与野党を超えて尊敬された政治家で1回の質問をするのに膨大な勉強をし3冊のノートを作成したというエピソードが紹介されている。こうした地味だが、堅実に国会議員としての仕事を果たした政治家と懇意にしていたというのがいかにも石川さんらしいと思う。
石川さんは羽生氏について評伝『ある社会主義者――羽生三七の歩いた道』を書いている。古い本だったので苦労して探して購入し読んだが、研究書的な色合いが強かったせいか、あるいは若い頃の著作だったため文章がまだ硬く、また、信州の社会党の成り立ちに農民運動が大きな位置を占めているためそのあたりの描写が多く、私が期待したような人物評伝ではなかった。今、読めばまた評価も変わると思うのだが、現在、手元にないためすぐには確認することができないのが残念だ。
- 作者: 石川真澄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1997/05/28
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